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トップ 校長対談「学びの土壌」校長対談「学びの土壌」第3回(後編)

MSC(海洋管理協議会) 鈴木 允 氏(後編)

「20年後に困るなら、いま困ったほうが絶対にいいはずだ」。
潔い決断が、新しい道を切り開いていく。

校長対談第3回(後編)10

プロフィール
左:梶取 弘昌(かじとり ひろまさ)
1952年東京生まれ。1977年東京芸術大学声楽科卒。1977年武蔵高等学校中学校芸術科非常勤講師。1988年、同校の専任教諭となる。2011年4月より校長。アレクサンダー・テクニック、ドイツリートの研究・演奏を現在でも続けている。

右:鈴木 允(すずき まこと)
1999年武蔵高校卒業。2005年京都大学総合人間学部卒業、大都魚類株式会社入社。2013年東京大学大学院農学生命科学研究科(国際水産開発学研究室)入学、2015年修了。2013年6月よりMSC(海洋管理協議会)において、持続可能な漁業の実現を目指し、全国の漁協や行政団体を回る毎日。
前編より読まれる方はこちら
▶怒られっぱなしの下働き時代が、自らを鍛えていく。
梶取:さて、築地ではどのような仕事をされていたのですか。昼夜逆転の生活でしょう。
鈴木:そうです。夜中1時から長靴をはいてセリ場に立ち、築地の仲卸やスーパーのバイヤー相手に魚を売っていきます。水揚げ状況や築地への入荷状況を頭に入れながら、鮮度や脂の乗りをもとに瞬時に値段を決め、売りさばいていくのはとてもスリリングで面白いです。そして日中は、日本全国の漁業者、漁協、産地仲買などに電話をし、仕入れを行い、同時にお客さんへの営業活動を行います。そんな生活を8年間送りました。どんな魚がいつどこでどんな漁法で獲られるか、どの産地のどの時期のどの魚が本当においしくて価値があるか、体に覚えさせるという感覚です。スズキやトビウオなどいくつかの魚種については、自分が全国の相場を動かしているという醍醐味がありました。

校長対談第3回(後編)02

梶取:でも入社当時は下働きでしょう。厳しい世界と聞いています。

鈴木:最初の1年間は、上司のために氷水を用意したり、見本を並べたりするだけの毎日でした。もう怒られっぱなしの毎日でした。「なんでこの魚を上にするんだ」、「もっといいやつが中に入っているんだから、それを前に出せ」、「お前が並べても全然美味そうに見えない」と。サバの見本の出し方が悪いと怒られるのですが、僕は、どうしても頭で考える癖が抜けなくて、最初は全然わかりませんでした。半年くらいでしょうか、秋くらいになって、ようやく少しわかってきました。

梶取:築地で働くことに決めた目的は、果たすことができましたか。

鈴木:築地では、本当にたくさんのことを勉強させていただきました。でもその前に、現在の仕事であるMSCについて、先にお話したほうが良いかもしれません。
▶「何かを変えるためには、自分自身が勉強しなければならない」。
その決意が、築地からの転身につながる。

梶取:では、現在のお仕事についてお聞かせください。

鈴木:MSC(Webサイトはこちら)と言いますが、Marine Stewardship Councilという英語の頭文字をとったものです。1997年にイギリスで設立された国際的な非営利団体です。日本語では「海洋管理協議会」と呼んでいます。

梶取:何をやる団体なのですか。

鈴木:世界中で問題になっている水産資源の減少を食い止め、持続可能な漁業へと転換していくための認証制度の管理・促進をしています。

梶取:わかりやすく説明していただけますか。

鈴木:簡単に説明しますと、
1)ある漁業が環境や水産資源の持続性に配慮して操業していると認められると、MSC漁業認証が授与されます。
2)MSC漁業認証を取得した漁業で獲れた水産物には、「海のエコラベル」をつけて流通させることができます。
3)消費者がラベル付きの製品を選択することによって、水産資源に配慮した持続可能な漁業を応援することになります。
4)それにより、マーケットの力で、世界の漁業を持続可能なものに転換します。
このような制度の採用を推し進めています。

校長対談第3回(後編)04 校長対談第3回(後編)03
「海のエコラベル」

梶取:日本では、まだあまり馴染みがありませんね。

鈴木:海外では欧米を中心に広がっていて、スーパーマーケットのなかにはMSCなどの認証を取得した水産物しか扱わないと明言している企業もあります。小売だけでなく外食産業でも、認証水産物をはじめとする、持続可能性に配慮した水産物を積極的に扱おうという意識が非常に高いですね。2018年までに扱う水産物の15%を認証水産物にする発表したハイアットグループのように、明確な期限つきの調達目標を掲げるホテルチェーンも出てきました。
日本では、イオングループが積極的です。2005年くらいから明太子や鮭、たらなど「海のエコラベル」を貼った商品が並んでいます。また、生協を利用されている方は、MSCのラベル付きの商品を見る機会があると思います。

梶取:それは知りませんでした。

鈴木:MSC認証には、漁業認証と、流通加工業者が取得するCoC認証と呼ばれる認証があります。国内では漁業認証を取得しているのはまだ2魚種しかありません。でも、CoC認証を取得している企業は、大手水産会社をはじめ、国内でも84社あります(注)。
オリンピックの食料調達方針にも持続可能性が謳われるようになり、いま、とても注目を浴びています。漁業認証を目指す漁業も、CoC認証を取得する企業も、これからますます増えてくると思いますよ。

(注)MSC認証には漁業認証の他に、流通加工認証というのがあるそうです。CoC認証(Chain Of Custody=信頼性の絆)と言い、認証水産物と非認証水産物が流通段階で混ざらないように、しっかりと分別して扱っている証になるものです。数字は、インタビュー当時のもの。その後、10月17日に宮城県のカツオ・ビンナガ漁業が認証を取得し、国内の漁業認証は4魚種となりました。

梶取:オリンピックとMSCに関係があるのですか。
鈴木:もともとオリンピックのテーマは、「スポーツと文化」でした。しかし、世界的に環境問題の重要性が叫ばれるようになるなかで、1994年から「環境」がオリンピック憲章に加わりました。オリンピックの柱も、「スポーツと文化と環境」となったのです。その後、2012年のロンドン大会では、ロンドンの組織委員会は、「オリンピック史上最も持続可能な大会」を掲げ、会場の再利用やごみ排出など様々な点で高い持続可能性を目指しました。食料の調達基準もその中の一つのテーマで、そのうち水産物に関しては、「持続可能なものだけを提供する、とくにMSC認証のものを次優先的に出す」と明記されたのです。この夏のリオオリンピックでも、選手村で出された水産物の75%くらいが認証水産物になっています。2020年の東京大会の調達基準の詳細はまだ発表されていませんが、持続可能性に配慮されることは間違いありません。

校長対談第3回(後編)05

梶取:4年後に向けて、忙しくなりそうですね。

鈴木:そうですね。最近は、漁業者さんからも、流通業者さんからも、問い合わせが相次いでいます。漁業認証に関して言えば、単にオリンピックに出すというだけでなく、これをきっかけにして漁業をより良い形に変えたり、海外に輸出したりと、長期的な視野に立った漁業者さんからの問い合わせが多いと思います。

梶取:MSCで仕事をするきっかけになったのは、やはり築地の経験ですか。

鈴木:そうです。築地で働きながら、良い魚がだんだん入荷してこなくなったと感じていました。良い魚とはどんな魚かというと、脂の乗った大きな魚。大きな魚であるというのが大事なところで、同じ魚であっても、小さいより大きな魚のほうが脂が乗っていて美味しい場合が多いですし、刺し身にしても、見栄えがします。
生まれたばかりの小さなクロマグロを、二束三文で売ったりするのを見ながら、乱獲に危機感を持っていました。大きな魚に育つまで待てないと、日本の水産業はいずれダメになる。そう思っていたところで、いまの職場との出会いがありました。全国の漁業者などを訪れ、持続性に配慮した漁業の大切さについて話をさせていただいています。

梶取:なるほど。築地からMSCへと鈴木さんの活動の場が変わっていった理由がそこにあるのですね。

鈴木:築地にいながら、何かを変える必要があると思っていました。せっかく築地のブランド力があるわけだから、魚の獲り方や売り方、選び方や食べ方を築地から発信できるはずです。けれども、みんな日々の商売に忙殺されて、なかなか産地や消費者への発信が出来ていないのです。
また、なにかを変えるためには、自分自身が勉強をしなければいけないし、外からの目というのが必要になってくると思いました。

梶取:それで築地を辞めて、東大大学院の国際水産開発学研究室に進まれるのですね。

鈴木:築地は昼までしか仕事をしないので、午後に大学院に行こうと考えました。大学院に行って、外から築地を見たらどのように見えるのかと。本当は、築地で働きながら大学院に行きたかったのですが、両立は難しく、どちらかを選択する必要に迫られました。2013年の1月のことですが、「いま辞めれば、いま困る。いま辞めなければ20年後に困る。20年後に困るなら、いま困ったほうが絶対にいいはずだ」と決めて、築地を辞める決断をしました。そうしたら、その2ヶ月後くらいにMSCの求人があって、大学院に通いながら勤めることも許可されるということで、本当に助かりました。非常に幸運だったと思っています。

梶取:「20年後に困るなら、いま困ったほうが絶対にいいはずだ」とは名言だなあ。生徒にも教えてあげたいですよ。
▶タフな人間に育つために。
本物に触れる、実体験の大切さを知って欲しい。
梶取:さて、この対談は受験生の親子が読んでくれます。受験生の親子に伝えたいのは鈴木さんのように育つにはどうすれば良いか。

鈴木:僕のように、ですか(笑)。

校長対談第3回(後編)06

梶取:いまのような日本がこれからもずっと続くという幻想を持っている保護者がまだまだ多いのです。6年後に、いまの日本はおそらくありません。大学入試も変わります。これからは、タフな人間でないと生きていけない世界になると思っています。「うちの息子は東大に入れますか。京大に入れますか。その先どうやったら安全な就職ができますか」というところに保護者の気持ちが向かっていると、子供がタフに育ちません。
鈴木:そういう価値観は今後ますます通用しなくなってくると思いますね。

梶取:鈴木さんは、いろんな苦労を乗り越えて来たわけだけれども、ご両親も、口や顔に出さないまでも大変に心配をされてきたと思います。けれども、これは、親として背負っていくしかないことだと思うのです。安全なルートなんてどこにもないし、武蔵に来たからといって安全ではありません。では、武蔵に入ることに、どういう意味があるのか。
鈴木:答えになっているかどうか不安ですが、タフな生き方という点に関して、僕が大切だと思っていることは、最低限、どんな環境におかれても食べていけるという底力です。僕が水産を選んだ理由は、食べ物に関わっていけばお腹がすいて困るということはないだろうと。それに、その分野で生き残れる自信というのが僕にはあって、いまでも漁師になれと言われたらなれる。魚屋に戻れと言われたら戻れます。そういう土台があるから、いろいろ挑戦できるのだと思います。先ほどもお話しましたが、その原点をたどれば、武蔵の家庭科の授業です。
保護者の方に伝えてもあまり響かないかもしれませんが、子供には響くのではないでしょうか。武蔵では、いろんな現場を体験する機会を重視しているので、その体験の感動や興味を抱いたことを、大きく育てて欲しいと思います。何かにつながるはずです。

校長対談第3回(後編)07

梶取:本物を見る。自分の目で見たものが大事ですよね。

鈴木:本当にそう思います。

梶取:2045年に人工知能が人間を追い越すと言われています。知識はネットでますます簡単に手に入る時代になってきます。そういう時代に、学校では何をするの?と問われたら、それは、他人との触れ合いや本物を体験させることしかないと思っています。

鈴木:はい。武蔵の良さが、生きてくるのではないでしょうか。

梶取:大学入試のレベルの教材であれば、すでに無料で転がっています。アメリカの大学では授業をネットで公開していて、途上国の人たちでも、ネット環境さえあればハーバードに行ける時代です。だから、これからの学校は、知識を教えるところという認識では生き残っていけないでしょう。もう、「こうやったら目指す大学に行けるよ」という時代ではありません。
▶学校が子供を観ているようで、実は子供も学校を観ている。
自分にあった学校かどうかを。
梶取:ところで、鈴木さんが武蔵を選んだ理由はなんだったのでしょうか。

鈴木:入試問題が好きだったんですよね。袋に入ったおみやげ問題とか入試問題が独特でしょう。あの入試問題に触れて、僕には武蔵が合うなと思いました。受験生にとって、入試問題は学校を選ぶための良い判断材料になります。学校が子供を観ているようで、実は子供も学校を観ているわけですよね。東大と京大の入試問題も結構違いますが、京大のほうが僕には合っています。東大は、穴埋め的な感じがあるのですが、京大は一切ない。論説が多いとか。いまの入試がどのように変わったかは知りませんが。

梶取:武蔵が嫌われるのも、記述が多いので息子に合わないと親が決めてしまう。

鈴木:決めるのは、本人だと思いますよ。

梶取:子供のほうが正直というか、感性がありますね。記念祭で鉄研に寄って、切符をパチンと切ってもらい、その音が気に入って武蔵を選ぶ。でも、その感覚のほうが確かかなと感じます。

鈴木:そうですね。僕が山岳部を決めたのも、山登りがやりたいと言いましたけれど、これすごいと思ったのは、部紹介の時にテントが張ってあるのを見て、「なんじゃこりゃ」というところが面白かった。

梶取:竹富島に遊びに行った時の話ですが、島民が350人くらいしかいないのです。ある意味、理想郷だなって思ったのが、大人が子供たちを育てていること。自分の子供だけではなく、島の子供をなんですよ。大人たちがみんな三線を弾くし、踊る。そこで子どもたちを育てる。あれはいいなあと思いました。いずれ、その方向に行く気がしますけどね。

鈴木:子供たちが大人を観て育つ。理想的な映像が浮かんできます。
▶子供の好奇心に、とことん付き合ってくれる。
そんな子育てだったと思う。
梶取:鈴木さんのお話を聞きながら、教育も20年後を想像しながら、いまをどうするべきかを考えることが重要だと、あらためて考えさせられました。最後になりますが、鈴木さんのご両親について聞かせてください。どのような育て方をされたのか、興味があります。

鈴木:高校を出てからは、仕送りを送ってもらうくらいで、やることに関してはほとんど口出ししない親でした。ぼくがやることに対しては、基本的に信頼してもらっていましたね。小さい頃は、とにかくおもちゃを与えない親でした。おもちゃがないので、自分で作るしかなかったというのが、今から振り返ると良かったのではないかと思います。5歳頃の話ですが、おばあちゃんの家で、トランスフォーマーを自作したことがあります。

梶取:トランスフォーマーって、車がロボットに変身するやつですね。映画にもなりましたし、子供たちに人気がありましたね。

鈴木:そうです。それを紙で作ったんですよ。紙を折って立体的なトラックを作って、それを展開するとロボットになるっていう。何種類か作ったんですけど、いま思い出しても、あれは良くできていたなあ、と。そういうのを始めると、いつまでもやっている子供でした。

梶取:お話を聞いていると、広く見守っているという感じもします。
鈴木:そうですね。特に母は教育熱心だったと思います。詰め込み教育というのではなくて、子供の好奇心にとことん付き合ってくれる。例えば、小学校の時に、「セミの抜け殻を天ぷらにしたらどんな味がするんだろう」って言うと、実際に天ぷらを作ってくれたことがあります。(笑)

梶取:いったい、どんな味がするんですか。

鈴木:エビ天の尻尾の味を想像していたのですが、もっとパシャパシャして味がしなかったです。うちの親は、そういったことをわりとなんでも付き合ってくれた人ですね。

校長対談第3回(後編)08

校長対談第3回(後編)09

梶取:やっぱりすごいご両親。それに、食べ物に関しては、鈴木さんの右に出る人はいないんじゃないでしょうか(笑)。鈴木さんのこれからの人生が、どのように躍動していくのか、期待をしながら見つめています。ありがとうございました。

鈴木:こちらこそ、ありがとうございました。本当に、楽しい時間でした。
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