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トップ 校長対談「学びの土壌」校長対談「学びの土壌」第5回(後編)

東京大学総長 五神 真 氏(後編)

君たちは、人生のあと70年をどう過ごしますか(後編)

校長対談第5回(後編)01

プロフィール
左:五神 真(ごのかみ まこと)
1957年東京都生まれ。理学博士。1976年武蔵高等学校卒業。東京大学理学部物理学科卒業、同大学院理学系研究科博士課程中退、同物理学教室助手、同大学院工学系研究科教授、同大学院理学系研究科教授、大学院理学系研究科長を経て、2015年より現職。

右:梶取 弘昌(かじとり ひろまさ)
1952年東京生まれ。1977年東京芸術大学声楽科卒。1977年武蔵高等学校中学校芸術科非常勤講師。1988年、同校の専任教諭となる。2011年4月より校長。アレクサンダー・テクニック、ドイツリートの研究・演奏を現在でも続けている。
前編より読まれる方はこちら
▶予算がなければ実験機材も自分でつくる。そんなタフさを養いたい。
梶取:多様性について、少しお話したいと思います。
 
五神:私の場合は、高等学校で武蔵の良いところを享受したと共に、公立の中学校を卒業したことも大きいと思っています。ある意味、武蔵の多様性とは違った多様性を体験しています。中学時代に知り合った大変親しい友達もたくさんいますが、その人たちの人生は、もっともっと多様ですよ。本当にいろんな職業についています。
だから、もしかするとそこが武蔵の弱点かもしれないと思うのは、やっぱり入るのにある程度の準備が必要だし、日本社会の中の一部の人しか入れないことです。
 
梶取:エピソードをひとつ、教えていただけますか。
 
五神:中学時代から出入りしていたエレクトロニクス部品を作る小さな町工場がありましてね。社長さんが大きな受注を受けて、人手不足だから手伝いに来てくれないかと声がかかり、高2のひと夏、電子部品ケースのプレスをやるバイトを朝から晩までやっていたのですよ。
2学期が始まり、国語の授業だったと思うのですが、夏休みの話になり、先生から「君、そのバイトの話をしてみてくれ」と言われました。工場の人たちがどんな生活をしていて、どんな毎日だったのかを話しました。
そうしたら、「君、なんでそれ辞めちゃったの」と言われまして(笑)。
「2学期始まったから辞めました」と言ったら、「もったいない」って(笑)。それは貴重な体験だよって。
でも、ぜんぜん違うわけですね。いわゆる本当の労働者の中で、機械でプレスをやって穴を開けるというのを、朝から晩までひたすら繰り返す。そんな話が、ものすごく教室では新鮮だった。私が中学の時には、ごく普通に手伝いに行っていたわけですけれど。
 
梶取:我々も、外には出したいと思っています。総合的学習で対馬に行くような体験もあります。島の家庭に住み込んで、炭焼きをしたり、鶏を絞めたり。そうすると帰ってきた生徒たちは、饒舌に経験を語るようです。この年代の男の子は、あまり親と口をきかなくなるものですが。
 
五神:なるほど。それは、すごいですね。
 
梶取:やっぱりそのような体験は、こちらから提供しないとできない時代かなと思いますね。
 
五神:そのような幅の広さは、武蔵の生徒には用意してあげないといけないところがありますね。
 梶取:先生は、ご著書の中で、大学で予算がないので実験機材を廃品を集めて作ったという話をされています。そういうことができる子どもたちに育てたいと思います。タフさが、いまの子どもには欠けてきているのか、頭だけで考えてしまう。実体験がないので、道具がなければ自分で組み立てようという発想には、なかなか向かいません。

校長対談第5回(後編)02

五神:そうですね。
 
梶取:生物部は解剖が大好きなので、鳥類などの骨格標本を作るんです。よくやるなと思うのですが、それは低学年でも授業で解剖を行う経験が生きています。
 
五神:自分たちだけではできなくても、先輩や先生が少し助言することで、ぐんと進みますね。そういう意味では、私が入っていた武蔵のアマチュア無線同好会の人たちは、はるかにアドバンスドでプロ的な人たちでした。どうやって知識を得たのかわからないけれど、音声の通信をすることがやっとだった時代に、テレビ中継ができる放送機材を自作し、それで競歩大会の中継をしたという人もいました。
 
梶取:それはすごいですね。
 
五神:こういう人がエンジニアになるのだなと思いました。発明のプロみたいな人たちでした。だから私は理学をやろうと物理に行きました。この人には絶対敵わないというくらい、創意工夫ができて、テクノロジーについての知識の深さがある人がいて、公立の中学から入った人間からすると、そんな人が同じ歳でそこにいることがスゴイと思いましたね。
 
梶取:最近、シンギュラリティという言葉をよく耳にします。近い将来、人工知能が人の能力を追い越し、その結果社会のあり方が激変するということですが、次の社会に適応できる人間を育てることは、我々の責任です。そのためには、やはり基礎的な力はつけてあげる。けれど、「あとは君たち、タフに生きてくれ」ということしかないと思います。
 
五神:タフに生きるための、まさに基礎力として、どういう力を限界まで鍛えておく必要があるかという話ですね。
▶推薦入試で入る学生には、多様性の広がりを感じる。
梶取:先生のご著書を読みながら、やはり基礎力が大事だと感じました。リベラルアーツも大事ですけれど、その前の時点で基礎的なところが、昔より落ちているのかなと感じます。
 
五神:そうですね。
 
梶取:それから、子どもたちが悪い意味で素直になってきている。先生の言うことは絶対に正しいと思っています。
 
五神:指示を待つ感じになっているのですね。
 
梶取:大学生はどうですか。
 
五神:増えていると思います。例えば、大学の研究室に入ると研究テーマは自分で考える、というのが前提です。私たちは、いろんな体験ができる場を用意しながら、何がしたいか、どこに興味を持つかというのを待っているわけですが、ある時、「先生、テーマを与えてくれませんか」と言われました(笑)。「テーマを見つけるのが勉強だよ」と言ったのですが、大変ショックを受けました。10年前くらいでしょうか、そういう学生が初めて現れたのは。
 
梶取:そうですか。
 
五神:それから、最近、これまでのような基礎的な学力が少し足りない学生も東大に入るようになったのかと感じることがあります。
 
梶取:それでも入れるのですか。
 
五神:入れるんです。
 
梶取:基礎的な学力というと、例えばどういうことですか。
 
五神:ロジカルに人に説明ができるとか、数学でも普通の計算ができるとか、そういうことです。つぎはぎの知識でも東大入試を突破できる技があるのかなと思いましたね。
 
梶取:テクニックがあれば解けるということですか。
 
五神:試験教科・科目の総合点で合否を判定しますので、根本的にはわかっていなくても、公式などのパターンで解ける部分があって、それを上手く取り合わせると合格点に達するのかもしれません。
 
梶取:すると、本当に学ぶ力がなくても入ってきてしまいますね。
 
五神:幸い、数は多くありません。ある教科・科目の基礎学力がなくても入れてしまうこともあるのだと思います。当然ですが、入試というシステムにも限界があることの表れです。
 
梶取:難しい問題ですね。
 
五神:一方、平成28年度入試から始めた推薦入試では、面白い学生が取れるようになってきたのではないかと思っています。人数は限られていますが、教育の多様化にも貢献できているかもしれない。だから、例えば生物の解剖が面白くて、それにのめり込んでいる子が、受験勉強のために高2で解剖をやめなければいけない、というようなことをしなくて済むようになれば、それはスゴイことですよね。推薦入試で入った学生を見ると、そういう多様性は広がってきた感じがしています。
 
梶取:今年、武蔵から一人、推薦入試で取っていただきました。地学が大好きな生徒で、そのレベルは本当にすごい。そういう子が入れたのは、うれしいことです。
 
五神:推薦入試などを通じてそういう子がもっと評価されるような環境になると良いと思います。入試システムのために、自らの学びを減速する必要はないわけですよね。ゆっくりやりたい人は余分に時間を掛けてもいいし、人それぞれ学びのプロセスは多様なので、そういう多様性を許容するようにシステムをどのように変えていくかというのが本来の教育改革の方向だと思っています。
▶入試のための勉強は、準備体操以外の何者でもない。
梶取:大学のことを伺いたいのですが。「知のプロフェッショナル」ということをおっしゃっています。自ら新しい発想を生み出す力、忍耐強く考え続ける力、自ら原理に立ち戻って考える力、という3つの基礎力にも言及されています。
 
五神:まず、知的なものを武器として生きていく人たちは、何が一番重要であるか自分自身でわかるまでは満足しないという状態に、自らを置かなければいけません。本当に新しいことをやろうとする人は、そこを常に意識していないといけません。人が言うからではなくて、自分自身で理解することが大事なのです。
オートファジーの研究で2016年のノーベル生物学・医学賞を受賞された大隅先生が教えてくださったように、新しい発想を紡ぎ出して、人のやっていないことをやるのは簡単にできることではないので、粘り強く考え続けることが重要なんだということも学生に伝えたい。散歩している時にアイディアを思いつくとか風呂に入っている時に思いつくことが私自身もあるわけですが、それは、たまたま思いついたのではなくて、いつも考えているからです。考え続けるという粘りと、そしてそれを楽しむ心がとても重要です。それが面白いと思えるかが大事なのです。そういうものをぜひ鍛えて欲しいと願っています。
そうそう、入学式で、入試のための勉強はいわば準備体操ですと言ったら、「え~っ」というのがツイッターで流れていました(笑)。

梶取:そうですか。

校長対談第5回(後編)03

五神:そういう気持ちで大学での学びに向けてギアチェンジをして欲しいのです。だから武蔵のような学校の教育だと、入試で問われることよりもはるかに先のことを教わっているわけですから、入試をクリアするにはこの辺りくらいまでをとにかく間違いなくやれるように練習すれば良いとわかります。最後の半年くらいで、本来は済む話なのですね。だけど、その先のことを知らないで、入試のための勉強だけをやっていたとすれば、そのトレーニングはもったいないですね。
梶取:卓越性と多様性。そういうこともおっしゃっています。
 
五神:そうですね。
 
梶取:大隅先生のように地道に研究されている方、そしてもうひとり、普通の味覚でない味覚、旨味の発見をされた方のお話をされています。そういったことが評価される研究が大事ということですか。
 
五神:そうですね。研究の入り口はいろいろですけれど、そこを突き詰めるなかで、人類全体で初めての知恵に到達することが学問の活動ではいちばん重要なことです。もちろん、すでにあるものを使って、いろんな形で役立てていくという活動も同じぐらいに重要で、それはそれでものすごくチャレンジングなことですよね。
そういうレベルのところに自分の身を置いて、挑戦し続ける人をひとりでも多く育てたいと思います。
 
梶取:例えば、論文の数とか評価されやすいものがありますね、大学ランキングなどもそうです。ではなくて、いわゆるクオリア的な質感のような数値化できないものに対する社会の認知や評価については、どのようにお考えでしょうか。
▶文系と理系の融合分野が、これからの勝負どころになる。

五神:ある意味、日本は、戦後、産業が労働集約的なものから資本集約的なものに移ることで、高い生産性を実現して高度経済成長を達成してきましたが、それが社会進化の唯一の方向かというと、そうではなく、この成長モデルはある種飽和してしまったところがあります。ではこの先どうやって経済を回せばよいのか、成長のロードマップが見えないというところが、日本に限らず世界の産業界が悩んでいるところです。しかし、みんなが価値と感じるものは何なのかと考えると、結局その価値を生み出すのは人なので、もっともっと人の中に入っていくようなビジネスモデルを考えていかなければいけないと思います。
振り返ってみると、たとえば東日本大震災や熊本地震は、観測史上初といわれました。確かに、熊本の場合のように1回目の地震より2回目のほうが大きいというのは、あまり例がありませんね。けれども、観測史上初と言っても、科学的な観測が行われてきたのは、せいぜい150年くらいの話です。人間の知的な活動や、知恵を伝えようとする努力は、実は最近始まった科学的な活動よりもはるかに昔の何千年も前から行われてきました。たとえば、東大の史料編纂所にはそういった日記資料のようなものが数多く残っています。こうした資料と、言語の研究や歴史の研究の蓄積を組み合わせることで、ある出来事がいつどこで起きたかを、高い信頼性で特定することができるのです。
いま、このような観点で、地震研究所のデータと史料編纂所のデータをコンバインして、千年、二千年スケールまでさかのぼれる地震のイベントマップを作っています。そうすると、最近150年の観測データがどういう意味を持つのかが、更に深くわかってくるかもしれません。つまり、文系理系みたいな区分けにとらわれない研究が重要性を増しているのです。
また、たとえばロボットが応対する相手は人です。人にとって気持ちの良い応対をするために、ロボットに必要なことは、どういう言葉を発すれば良いかとか、相手の顔色を見て応対するということですが、そういうこともセンサー技術が発達したら、できるようになります。
そのためには、人間のことをもっと知らないといけません。そういった意味で、まさに文理融合が勝負どころになってきているので、いろいろな学びの中でも領域を超えるということを常に意識した学びを、私たちが学んだ頃よりも、学生たちには行って欲しいと思います。
 
梶取:結局、学問は横断的なものですね。理系文系という分け方も不要になるのかなという気がしています。たとえば経済も数学を使いますから。自分が理系向き文系向きと決めないで、横断的に学ぶ意欲がないとこれからは難しいと思います。
 
五神:その通りだと思います。文系も理系もない中学高校の段階で、授業で本物を体験させてあげるということが、どれくらい吸収できるかは別としても、やるべきことですよね。そのタイミングでやるのが最も効果的だと思います。
 
梶取:はい、そうですね。
 
五神:武蔵の教育を思い出しながら、なるほど大事だと思ったのは、本物を伝えるということと、伝える先生自身がその学問を本当に面白いと思っていることです。それが、やはりいちばんの本質だと思いますね。先生がつまらなさそうにしていたら、絶対に伝わらないです。
 
梶取:その点では、いまの先生たちも楽しく頑張ってくれています。
 
五神:学問そのものが面白くてそれを伝えようと思っている先生もいるし、あるいは、生徒に理解をさせることに面白みを感じている数学の先生もいましたし、いろんな意味で教師が、自己満足かもしれないけれど満足しながらやっている感じはしますね。それは、本物を伝えるためには必須のことなので、あれだけ多様な先生が揃っていたことは、すごいことだと思います。
それでも、先生たちに言わせると武蔵の給料は安いんだと(笑)。
 
梶取:そうですね(笑)。
 
五神:記念祭のアンケートで、先生がたを対象に、お子さんを武蔵に入れたいと思いますかという質問をしたら、こんな高い授業料は払えませんと先生が言ったとか(笑)。
▶先が読めない時代こそ、武蔵の評価が生きてくる。

梶取:武蔵生に向けてのメッセージをいただけますか。

校長対談第5回(後編)04

五神:武蔵の良いところはすでにたくさん話しましたけれど、言い忘れたことがあります。それは、サイズです。4クラスというのがちょうど良いサイズでした。これによって、同窓生がある種の共感を伴って一生の付き合いができることと、先輩たちもいますし、いまは気が付かないと思いますけれど、卒業してから本当の価値がわかってくる学校だと思います。非常に貴重な資源を得られる場所です。東大全体を見渡せる立場からしても、その価値をもう少しみんなに気がついてほしいと思うところです。武蔵で教育を受けた生徒が東大に入りやすいかどうかは全くわかりませんが、容易くは得られない価値を手にすることができるところだと思います。この先は、誰もが読めない時代になるので、武蔵の価値が生きてくる時代になるという予感はします。
梶取:子どもたちはどのように学びを考えたらいいでしょうか。
 
五神:自ら学ぶ、自ら考えるという姿勢がやはり重要です。例えば自分で自分に適した勉強の仕方を考える場をどう持てるかということも大事です。昔に比べるとそれが少なくなったのではないかと心配しています。
つまり、東京大学にトップクラスの入試成績で入る人でも、今日やることは何かを誰かから与えられているのではないかと思う時があります。
我々の頃は、例えば理解できない授業があった時に、これを理解するには何を読んだらいいだろう、どういう勉強をしたらいいだろうと考えました。受験勉強にしても、書店で面白い参考書を見つけて、それが自分に合っているかもしれないと思ってやってみたりしました。それがいまは、入試に受かることを目的として、ある意味でプロフェッショナル化されたトレーニングによって、明日やることも全部決められてしまっているのではないかという危惧があります。そうだとすると大学に入ってから行き詰まります。
大学で学ぶためには、自分で考える力をどこかで鍛えないといけません。勉強の中で鍛えられないとしたらクラブ活動をしてもいいし、その能力を鍛えておかないと行き詰まります。
そういう意味で、考える力を養うチャンスがふんだんに用意されている場として、武蔵のシステムは貴重だと思います。武蔵の生徒には、ぜひ東京大学を目指して欲しいと思います。もちろん、仮にすぐに東大に合格しなくても、くじける必要はありません。大学院からでもよいのです。大学院から東大に来て非常に良い学びを得た人もたくさんいます。いまの環境を十分に活用して、自信を持ってやってください。
 
梶取:温かいメッセージをありがとうございます。
 
五神:東大に入ったら、きっと武蔵で学んだことが活きることに気づくはずです。武蔵の生徒と東大はいいマッチングだと思っています。満足する大学生活を送れると思いますよ。
▶「君たちは、人生のあと70年をどう過ごしますか」


梶取:最後に、対談タイトルに使用させていただいた「君たちは、人生のあと70年をどう過ごしますか」という言葉に込められた、先生の思いをお聞かせください。
 
五神:東京大学は今年で創立140周年を迎えました。終戦を挟むと前後約70年間に分かれます。次の70年間を人類社会にとってより良いものにするために大学が何をすべきかをいつも考えています。これからの70年と言えば、ちょうど今の20歳前後の学生が生きていく時間と重なります。そこで、入学式や卒業式など、機会があるごとに若い学生たちに大学で鍛えて欲しいことは何かという観点でメッセージを伝えています。
経済や社会の成長のための明確なロードマップが見えない時代になりましたから、そもそも社会が向かうべき方向はどこなのかというレベルから、物事を考え直さなくてはなりません。
このような時代にあっては、自分の力や特長を自分なりにきちんと捉えて、それをもっと強く伸ばしていくことが大事です。つまり、個性をしっかり磨いていくことが必要です。そうすれば、若者たちは、もっともっと伸びると思います。そのような思いを込めてメッセージを伝えています。
 
梶取:本日は、ありがとうございました。

校長対談第5回(後編)05

五神総長著書「変革を駆動する大学〜社会との連携から協創へ〜」。東大改革についてのお話はもちろん、学ぶ人の羅針盤にもなるお話が満載の一冊です。
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