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卒業生の声

人生への寛容さ

柿沼亮介(78期 平成16年3月卒業)

まだ二十数年しか生きていない私が、「人生」だとか「寛容」だとかいった大仰な言葉を並べるのはおこがましいことかもしれない。しかしそもそも、武蔵の先生方について何か書くということ自体が私にとっては大それたことなので、身の程をわきまえないことを書かせていただくことを諸先輩方の寛容さをもってお許し願いたい。

武蔵、特に社会科の先生方には、様々な形で好奇心を刺激され、そしてまたそれを形に変えていく手ほどきをしていただいた。

社会科の先生というと、ある程度以下の世代であれば必ず故岡俊夫先生と加藤侃先生の名前が挙がるだろう。どちらもエピソードに事欠かない先生だ。定期試験の直前になると「練習問題」と称した問題を配って答えあわせを行い、本番の試験では「練習」の文字がとれて「試験」に換えられた問題を配る岡先生。「世界地図を描きなさい」という試験問題で、何の指示がなくても世界地図に色を塗ると余分に点をくれる加藤先生。その他、ここでは書けないようなことも含めて多くのエピソードをご記憶の方も多いことだろう。


私自身も、両先生については多くの思い出がある。岡先生から授業中、ある歴史家(トインビーだったと記憶している)が、授業で扱っていた問題についてどのような見解を持っていたかということを問われ、恥ずかしながらまったく答えられなかったことがあった。岡先生の授業というと、試験問題の「特殊さ」から、ある意味で楽な授業だと思われがちだった。しかしその実、世界システム論を三角貿易やインドの土地制度史から解説していくなど、高度なものが多かったし、毎回大量に配られるプリントはどれもこれも難しく、理解するのに一苦労だった。

また岡先生は、天気のいい日には開始早々授業を切り上げたり、組主任の時に会合を「伝えることはないから」とあまり開かなかったりと、細かいことには無頓着であまり気にしない先生だと思われることが多かったが、実際にはものすごい生徒思いで細かいことにも目がいく先生だった。国外研修生が日本にいない間の授業のプリントを一人ひとり封筒に詰めて下さっていて、私もイートン校への交換留学から帰ってきたらいきなり大きく膨れた封筒を渡されて感激したのを憶えている。ここまでして下さった先生は岡先生だけだ。

他にも、要所要所でしっかりと生徒のことを気にかけていたことを知っている元生徒は多いだろう。お葬式に駆けつけた人の多さ、そして岡先生の思い出を今でも懐かしそうに語る人の多さにも、先生がいかに生徒を想い、また生徒が先生のことを慕っていたかが顕れている。


大学に入ってから、休みになる度にどこかしらに遠出している。異国の街でふらふらしながら、実は自分は、「カトカン」に憧れてこんなことをしているのではないかと思うことがある。加藤先生に地理を教わったのは、正式には中二の時だけだ。(「正式には」というのは、高三の時には岡先生に時間割をいじっていただいて、正式登録科目の日本史・世界史以外に加藤先生の地理も聴講させていただいていたからだ。)しかしこの二年間の、ナウルやバングラディシュ、そして光州事件直後の韓国などへの旅の話は、あまり外国に興味を持つことがなかった私にとっては新鮮で、また衝撃的だった。大袈裟な言い方をすれば、世界に目を向けることを自明のものとする感覚は、加藤先生のお話を通して学んだといえると思う。

また武蔵の頃、生徒野外研究奨励基金を利用させていただいて、北海道や信州などでフィールド・ワークの真似事を行っていた。北海道におけるリゾート産業について調べる中で加藤先生には、昔の教え子で、あるリゾート開発への反対運動を行っている方や、加藤先生が担当されていた家庭科(現在は総合学習の枠)の北海道農業体験でホームステイの受け入れをして下さっていた、南富良野町の農家の方々などを紹介していただき、お宅に泊めていただいてお話をうかがわせていただくなどした。加藤先生の紹介だからこそできたことだと思う。


武蔵時代は興味の赴くままに色々なことに手を出し、結局どれも大した成果は上げられなかった。しかしそれでも、岡・加藤両先生を始めとする社会科の先生方は、「お前は気が多いからな」と笑いながらも常に手を差し伸べて下さった。

両先生から大きな影響を受けたことは間違いないが、私は結局、東洋史学にも地理学にも進まなかった。また、社会科の先生方から、現在の進路である日本史学に背中を押されたこともない。むしろそういう道に進むことについて、様々な側面からのお話をして下さった。それでも、先生方と接することで自分の中の何かが刺激され、漠然と日本史に進む道が見えてきたのだった。

先生方が示して下さったのは、もしかしたら人生への寛容さとも言うべきものだったのかもしれない。自分の中の気持ちに正直に、自由に生きること。多くの好奇心の対象や選択肢を身をもって示してくれたからこそ、全身で受け止め、今度は自分自身でそれらを見つけていく力を涵養することができたのかもしれない。(もちろんまだまだ道半ばだが。)これから自分がどのような道で生きていくのかまだ分からないが、卒業して早四年、先生方から学んだ寛容さをもって歩んでいきたいと思う今日この頃だ。

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