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トップ 校長対談「学びの土壌」校長対談「学びの土壌」第6回(後編)

ピアニスターHIROSHI(吉田 洋)(後編)

ひとと違って当たり前。「良識ある非常識」を楽しんでほしい。

校長対談第6回(後編)01

プロフィール
左:ピアニスターHIROSHI(吉田 洋)
1961年生まれ。公立中学より武蔵高校に編入し1980年卒。東京藝術大学楽理科を1986年に卒業。在学中よりポピュラー音楽誌を中心に、キーボード奏法や編曲テクニックに関するセミナーを執筆し、卒業後はジャンルの垣根を超えた異色ピアニストとして演奏活動を展開。「右手でクラシック・左手でポップス」の同時演奏や、客席から募ったリクエストを、その場で全曲、即興メドレーに仕立てる独自の芸風で注目を集め、「ピアニスト、スターになったらピアニスター」なる発想の下、1996年より「ピアニスターHIROSHI」を名乗る。
「題名のない音楽会」「徹子の部屋」「平成教育委員会」「世界一受けたい授業」等、テレビ出演も数多く、これまでに発売したアルバム、「展覧会のエッ?!」「新・動物の謝肉祭」「HIROSHI WORLD GOLDIES」は、いずれもインストゥルメンタルとしては異例の好セールスを記録。2001年、第43回日本レコード大賞企画賞受賞。また1999年よりクラシックの殿堂、東京文化会館大ホールにおけるリサイタル「UENOの森のHIROSHI」を毎年、敢行し、来る2018年9月23日、記念すべき第20回を迎える。
 

右:梶取 弘昌(かじとり ひろまさ)
1952年東京生まれ。1977年東京芸術大学声楽科卒。1977年武蔵高等学校中学校芸術科非常勤講師。1988年、同校の専任教諭となる。2011年4月より校長。アレクサンダー・テクニック、ドイツリートの研究・演奏を現在でも続けている。
前編より読まれる方はこちら
▶音楽好きで、ご近所でちょっと変わった子どもでした(笑)。
梶取:武蔵に入る前、どのような少年だったのですか。
 
HIROSHI:変わった子、だったと思います。
 
梶取:どういうふうに。
 
HIROSHI:まず、才能とは関係ないのですが、私、未熟児で生まれたのですけれど、母親が必死に栄養を与えたせいか、幼稚園に入る頃は頭一つ大きな子供に成長していました。小学校6年生の時に、いまのカラダがほぼできあがっていまして、卒業の時には172センチありました。それから2センチしか伸びていないのですけれど。
 
梶取:それは、大きな小学生ですね。
 
HIROSHI:音楽について言えば、昭和36年生まれですので、まだ近所は垣根の時代。女の子の家には、定番のように親御さんの意向でアップライトピアノがあって、ピアノの上にはガラスケースに入ったフランス人形が置いてあって、イギリスの衛兵さんのはたきが置いてあってという時代です。
 
梶取:思い出しますね。そういう時代がありました。
 
HIROSHI:それで、無理やり習わされている女の子がいやいや練習しているピアノの音が聞こえてくると、そのピアノの音に魅せられて上がり込んで、習っていないものだから何を弾いたのか覚えていないのですけれど、どうも聞き覚えの童謡とかを弾いていたらしいのです。それがあまりにも連日続くので、親が近所に迷惑をかけるからと、ピアノ教室に行ってみるかとなりまして。
 
梶取:ピアノ教室では真面目にレッスンを受けたのですか。
 
HIROSHI:真面目どころか、先生の出す宿題の10倍くらいやっていって、半年かからずにバイエルを終わってしまいました。
 
梶取:生まれながらに音楽が好きだったのですね。
 
HIROSHI:好きでした。何故か知りませんけれど、先生がドレドレドと弾かれると、私には鍵盤がカタカナでドレドレドと言っているように聞こえてきました。
 
梶取:絶対音感が、もともとあったのですね。
 
HIROSHI:あったようです。というか経験上、訓練では無理です。
 
▶「音痴はいません」。音を外した経験は誰だってあります。
梶取:いま幼児教育で、絶対音感が流行っているでしょう。絶対音感は、あれば良いですけれど絶対条件ではないですね。なのに、幼い頃から訓練しよう、促成栽培しようという風潮があります。
 
HIROSHI:困った話ですね。
 
梶取:困った話というと、いまの生徒に、音痴だと思うかと聞いたら半分手が上がります。昔は、音痴なんていなかった。
HIROSHI:本当に音痴なんですか。

梶取:違います。生徒には、ピアノの高い音と低い音を弾いて、この違いがわからないなら音痴だと説明します。すると、みんな笑います。音痴だと思うのは、音楽教育の弊害で、歌わされた時に音を外してしまって恥ずかしかったという経験なんです。

校長対談第6回(後編)02

HIROSHI:人間のカラダはピアノじゃないですから。無理ですよ。
 
梶取:ピアノはデジタル化が進んでいる楽器のひとつですが、例えば本物のピアノとは違うと思うのですが、どう思われますか。
 
HIROSHI:一種の疑似体験ですね。いまのような住宅事情で生ピアノが置けない状況であれば、練習は仕方ありませんとなるのですが、結局いまのテクノロジーで発達しているのは疑似体験ばかりなんです。恐ろしいのは、バーチャルでできれば、実際にもできたような気になってしまうことです。
 
梶取:そうですね。音楽に限らず、怖い時代に入ってきました。AIにしても、利用すべきことは利用してもよいのですけれど、きちんとした世界が正しくて、それ以外のいわゆるルーズな世界が劣っているように思われるのはどうか。両方大事で、ルーズなところも我々大事にしていかないと。
 
HIROSHI:私の座右の銘のひとつが、白洲正子さんの「名人は危うきに遊ぶ」なんです。これは素晴らしい言葉だと思って、完璧に行かない余白というのでしょうか。そこに遊びがないと、感心はできても感動はできないと思います。
 
梶取:でも、テクニックだけに興味ある人は、そこに感動しますでしょう。
 
HIROSHI:それは、感動というより感服なんですね。
 
梶取:なるほど。ぜひ、演奏を通じて感動を伝え続けていただきたいと思います。
▶確かなものよりあやふやなもの。感受性を大切にしてあげたい。
HIROSHI:結局、教育に関して言いますと、お金を出すのは親御さんです。さきほどの絶対音感の話でもそうですが、親御さんは確かなものにお金を払いたいのです。そうすると、「息子さんの表現力が伸びてきましたよ」と言われても、それは雲をつかむような話で、ところが「息子さん、頑張って絶対音感が付きましたよ」と言われたら大変に嬉しい。でも、この誤解が恐ろしいです。
 
梶取:音楽コンクールで優勝したという実績。親はそこを見ます。でも、コンクールで優勝するというのは瞬間風速であって、その後その人がどうなるかはわからない。私たちとすれば、まだまだ先があるんだよというのを見せてあげたい。
 
HIROSHI:ほんと、そうですね。百歩譲って、九九みたいなもの、答えがひとつしかないものはそれでもよいかもしれませんが、音楽は正解が決まっていないわけですから。

校長対談第6回(後編)03

 梶取:私が生徒だった時に、源氏物語を読みました。ほとんど忘れてしまいましたが、若紫が登場する場面が本当に美しいと感じました。この感覚は、文法によるものではありません。これはどの世界にもあることで、数学は美しいと言われますが、これもテクニックで教えてあげられるものではありません。

 HIROSHI:それは感受性なので、学校以前に家庭環境が一番大きいですね。
 
梶取:どうすればいいでしょう。
HIROSHI:う〜ん。ちょっと難しいですね。

梶取:親がすごく真面目というか完璧主義になってきています。音楽でいうと、歌が下手でも子どもに歌って聴かせた経験があると、親子関係もうまくいくように思います。
 
HIROSHI:どういうことですか。
 
梶取:親が自分で歌うのでなく、子守唄をCDで聴かせるのがいいという考え方があります。そうではなくて、抱っこしてあげて、下手でもいいから自分で歌ってあげてほしい。エビデンスがないからそれ以上言えませんけれど、CDとは違うと思いたいです。
 
HIROSHI:違うと思いますよ。現実に、CDの方が上手とかそういう発想をしてしまう段階で、ちょっと悲しい感受性だと思います。
 
梶取:そちらに流れていくいまの世界は怖いですね。もうちょっといい加減なことが大事だよと。武蔵もいい意味でのいい加減さがあります。なので、このいい加減さがなくなると世の中が息苦しくなると思います。
 
HIROSHI:言い換えると、時代が求めているような、とある大きな力の思惑通りに、疑問も持たずにそちらに行くような人を増やしたいのであれば、望ましいことなのでしょう。
 
梶取:そうなりたくないので。
 
HIROSHI:嫌ですよね。
▶子供に勉強させる前に、親は勉強をしていますか?
梶取:以前に特別授業でいらしてくださった時に、武蔵では劣等生だった話をしてくださいました。高2くらいになるといろんな思いがあって、コンプレックスもあるんですよ。生徒たちに対するメッセージもいただいて、すごくよかった。
 
HIROSHI:一番、揺れる時期ですね。
 
梶取:そうです。親のプレッシャーもありますし。試験ができるできないはもっとも大切なことではなく、頭の良さとは関係ないことです。
HIROSHI:私は演奏会のあとで、お客様にサインをして少しお話するんです。そうすると、お子さん連れのお母さんが、「うちの子練習しないので、何とか言ってやってください」とおっしゃるので、「お母さんは練習されたんですか」と聞いたりします(笑)。
 
梶取:いいですね。
 
HIROSHI:「お母さんの子だからしょうがないよね、僕」(笑)
 
梶取:塾に通わせて子どもに勉強させるなら、親も勉強してますか、という話ですね。学問でなくても、親がいろんなことに興味を持って勉強していると、子どもにも伝わりますね。

校長対談第6回(後編)04

 HIROSHI:母親が福井出身なのですが、福井県下では一番の県立高校に受験で山掛けが当たって、トップクラスで入って、その後サボりまくっていたという経歴があります。私が武蔵生のときは、ため息をつきながら、「しょうがないわね、私の子どもなんだから」と(笑)。
 
梶取:当時と比べて、いまの生徒はずいぶんお行儀よくなっていると思うのですが、それを突き崩すアドバイスをいただけませんか。
 
HIROSHI:お行儀のよさがその子の内面からにじみ出ているものであれば問題ないと思います。そうではなくて、何かに抑圧されているのだとすれば、その子は本当は何をやりたいのか、本当はどうありたいのかということを、じっくりと一緒に考える必要があると思います。
 
梶取:はい。
▶登校拒否の後輩をとことん面倒見てわかったこと。
HIROSHI:大学2年の時に大橋先生からお電話いただいて、頼みがあるんだと。担任している生徒で、私と同じく高校からの編入生で、頭は悪くないんだけど学校に来ないので、ちょっと面倒見てくれないかと。
 
梶取:そんなことがあったのですか。
 
HIROSHI:ただ、俺の紹介だと反抗するから、その子が入り浸っている店のマスターからの紹介だということで会ってくれと。
 
梶取:会われたのですか。
 
HIROSHI:会いました。やっぱり原因は母親なんですよ。関西の難関大学を2校も卒業されている、勉強が大好きな、勉強したくない子どもなんて考えられないというお母さんで、「お母さん、息子さんは病気じゃなくて遊びたいだけ。わかりますか」と言っても全然わかってくれませんでした。その子の気持ちを解くために、しばらくつきっきりで一日5時間くらい一緒にいました。そんな時にその子が進級できるかどうかという問題が起きたので、仮でもいいから進級させてくれないとこの子が挫折してしまう。立ち直れなくなるという意見書を当時、二十歳の分際で大坪校長に持って行きました。
 
梶取:すごいですね。
 
HIROSHI:「なんとか、どうにか頼みます」と。
 
梶取:大坪校長はわかってくれましたか。
 
HIROSHI:ええ、わかってくれました。私は、高校から編入したので大坪先生の授業を受けていません。だから、先生も私のことは知らないだろうと思っていたのですが、お話したら、在校生のことを全員把握してらっしゃるのでびっくりして。
 
梶取:在校生にとどまらず、卒業生がいま何をやっているかまでご存知でした。
 
HIROSHI:その時は、できる限りのことしかできませんでした。けれども、固まってしまっている子どもの心を解き放つというのは、一人ひとり違う個性の持ち主なので、その理由も違うと思いますから、簡単ではないと思いました。
 
梶取:寄り添う人が誰か一人でもいるといいですが、そうでなければ特効薬はないですね。
 
HIROSHI:一時期その子のために尽くしていましたから、彼が問題を起こす前の晩は、彼が出てくる夢を見るのです。翌日、お母さんに心配で連絡を入れると、「どこかで補導されたらしくて」というようなこともありました。家を飛び出した彼を、なだめすかして私がついて行って。
 
梶取:大変でしたね。
 
HIROSHI:でも、そうこうする内に、一時的に彼が幼児帰りをするというか、一旦解き放たれて、えらく甘えるようになってきて。あんなに勉強が嫌いでやらなかったのに、彼の進級のために3学期の期末試験を一緒に勉強しました。
 
梶取:すごいなあ。
 
HIROSHI:どうにか進級に問題がないレベルまで持って行きました。亡くなった保健の下條先生が、全面的に協力してくださったことも嬉しかった思い出です。
 
梶取:そういう方がいたからこそでもありますね。

HIROSHI:はい。
 
梶取:子どもは親の所有物ではありません。一人ひとり違うので、そこを認めてあげることから始まると思います。
さて、このページは受験生も見ます。武蔵を受けるとなると、いわゆる受験勉強をするわけです。それは仕方がないのですが、何かメッセージをいただけませんか。
 
HIROSHI:小学生に対してですか。
 
梶取:はい。武蔵にかぎらず、中学受験を考えている子どもは、好きな野球をやめたり、ピアノをやめたりして受験勉強をしているのです。
 
HIROSHI:こんなことを言ったら波風が立ってしまうかもしれないけれど、駄目だったら駄目でいいじゃないということ。だって中学校は義務教育なのだから、受からなかったら公立にいけばよい。多分、中学受験の段階で、本人が絶対この学校に行きたいと思っている子どもは本当はいないと思います。大概、親の欲目です。だから、受かれば親孝行、でも落ちたらその分で学費が貯金に回せるからそれも親孝行。
 
梶取:なるほど(笑)。
▶10代は、「良識ある非常識」を楽しんでほしい。
HIROSHI:私の冗談音楽にしましても、専門家の方が聞かれると、原作をぶち壊しているようでぶち壊していないことはお分かりになります。一見、非常識に見えることが、次の時代の常識になるということがあると思います。ただ、そこに人としての最低限のモラルは必要で、人を傷つけて面白いとか、そういうのはいけませんが、世間の枠に収まりきらない自分というものに苛立ちとか焦りを感じるのであれば、良識さえあれば、非常識でもいいじゃないと言いたい。
人と考えていることが違っても、むしろ当然ですので。
梶取:昨年3月の卒業生の答辞が評判になっているのですが、同じようなことを言っていました。「常識を持つな、非常識を楽しめ」と。社会に出ると常識がないと生きていけないから、今のうちだぞと。
 
HIROSHI:そういう生徒がいることは、心強いですよね。
 
梶取:言語化できなくても、そういうことを考えている子は多いです。
 
HIROSHI:10代の頃に、不満とか批判的な目というのを持たなかったら、寂しすぎますからね。

校長対談第6回(後編)05

梶取:成長するために必要なことですから。
 
HIROSHI:片方で、私たちの時代は、家に帰ったら母親がいてくれて、食べるものも用意してくれていて、今日何があったのかとか聞いてくれて、煩わしくもありましたけれど、大事だったような気がします。いまは共働きが当たり前で、それはいろんな事情があるでしょうが、多感な時期の子どもが家に帰って誰もいないというのは、いいことではないと思います。私がいまの子どもだったら、スマホで秘密を持ち放題だと思います。あの頃、家の電話しかなくて、知り合ったちょっと悪い友達が電話してくると、親が取り次いでくれなかったりして本当に窮屈だと思いましたけれど、実は意外と大事なことで。いまなんて、声も出さずにコミュニケーションが取れてしまうので、親が把握していないとんでもない人とコミュニケーション取っている可能性もあるわけです。
 
梶取:高校生が髭面になっておじさん臭くなっても中身はまだ子どもですからね。親子の間でも、SNSでのコミュニケーションが多くなりましたが、それぞれ工夫して、生のコミュニケーションを大切にして欲しいと願いますね。
 
HIROSHI:本当に大事だと思います。
 
梶取:今後は、どのようなご予定ですか。
 
HIROSHI:いまは、今年の第20回リサイタルに向かって、腕を磨くことが最優先ですね。ニューヨークのオフ・ブロードウェイみたいなところで、ロングラン公演をやるという夢もありますけれど。
 
梶取:それは楽しみです。リサイタルには伺いたいと思います。長時間、本当にありがとうございました。
 
HIROSHI:ありがとうございました。
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