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「ー卒業生が語るー 学びの土壌」

トップ 「ー卒業生が語るー 学びの土壌」第8回(前編)グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー 高宮慎一 氏

グロービス・キャピタル・パートナーズ
代表パートナー 高宮 慎一 氏(前編)

武蔵の授業は、特定の領域を徹底的に深掘る授業でした。

校長対談第8回(前編)01

校長対談「学びの土壌」第8回の対談相手は、グロービス・キャピタル・パートナーズ/代表パートナーの高宮慎一さん。ベンチャーキャピタルの最前線で活躍される高宮さんは、小3男子の父親でもあり、対談ではAI時代の生き方や仕事、教育、子育てについて、興味深いお話が伺えました。
プロフィール
左:高宮慎一(たかみやしんいち)

グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー
グロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)では、コンシューマー向けIT領域の投資を担当。投資先には社外取締役として参画し、経営を支援。実績には、アイスタイル、オークファン、カヤック、メルカリ、ナナピなどがある。Forbes Japan「2018年日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング」1位に選出。
1995年武蔵高校卒、2000年東京大学経済学部卒(卒論特選論文受賞)、2008年ハーバード大学経営大学院MBA(二年次優秀賞)修了。戦略コンサルティング会社アーサー・D・リトルを経てGCPに参画。

右:梶取 弘昌(かじとり ひろまさ)
1952年東京生まれ。1977年東京芸術大学声楽科卒。1977年武蔵高等学校中学校芸術科非常勤講師。1988年、同校の専任教諭となる。2011年4月より校長。アレクサンダー・テクニック、ドイツリートの研究・演奏を現在でも続けている。

梶取:まず、いまのお仕事についてお聴かせいただけますか。ベンチャーキャピタルというお仕事がどのようなものか理解しておきたいと思います。
 
高宮:ベンチャー企業が大きく成長していくために、資金の面でも経営面のアドバイスの面でも支援するという仕事です。新しい産業を生み出すこと、日本経済の再成長に貢献できることは、社会的意義があると思っていて、やりがいもあります。新しい産業や事業を起こしていく時には、先行投資が必要になってくるのですが、起業家が個人で大きなお金を用意することはできませんし、利益が出ていない状況だと銀行もなかなかお金を貸してくれません。そこでベンチャーキャピタルが早い段階からリスクを取って株式を引き受けるという形で出資することになります。
 
梶取:リスクのある難しい仕事ですね。

高宮:ファイナンス的に言うと、リスクのある所にしかリターンはないので、ファンドの形を採ることでリスクを分散しています。一口に「ファンド」と言っても本当は色々なファンドがあります。一般的にはハゲタカファンドのようなイメージが強すぎるのですが、ベンチャーキャピタルの場合は、まだ事業が何もない、売上もない、メンバーも3人だけといったベンチャーに出資して、起業家の伴走者として同じ船に乗って、殖産興業ではないですが新しい事業を作り、新しい産業を作っていくという仕事です。

梶取:伴走者ですか。イメージの輪郭がはっきりしてきた感じです。

高宮:帰国子女で高校からの編入で武蔵に入っているのですけれど、日本に戻ってきたら、日本の社会に受け入れられたい、貢献したいという気持ちを持っていました。自分が得意なこと、好きなことと社会の要請の3つの円が重なるストライクゾーンど真ん中に、この仕事があるのかなと思っています。そのような仕事に就けて、すごく幸せなことだなと思います。武蔵での高校時代がそれを見つけられる土台を作ってくれたとすごく感謝しています。
▶「自ら調べ自ら考える」武蔵の教育が、大事な時代に入りました。
梶取:ありがとうございます。さて、中学時代は海外だったとのことですが、どちらにいらしたのですか。
 
高宮:幼稚園の年長から小学校1年生の1年間、イギリスに行き、一度日本に戻ってきました。そして、小5の二学期から中3の終わりまで、もう一回海外に出ました。イギリスに小5の二学期から中1の二学期までいて、そこからオランダに移って、高校受験で帰国してきました。
 
梶取:そうすると、英語圏からオランダ語圏へ。

校長対談第8回(前編)02

高宮:ブリティッシュスクールだったので、英語でした。海外では、いわゆる日本の受験のように、問題があって解を出すというよりは、自分で考えて、自分の意見を述べてディベートするとか、答えのない問題に意見を言うような授業が多かったですね。海外での教育に近い武蔵のお陰で、スムーズに日本に再び馴染めました。

梶取:では、いままさに大学入試改革で目指そうとしている、考えること中心の教育を受けていたということですね。

高宮:そうですね。昭和の高度成長期は、アメリカに追いつけ追い越せで、みんなが目指すべき目標が明確で、社会全体が伸びているから優秀な実行者として働いていれば、会社も伸びるし、自分たちにもリターンが返ってくるという時代だったんだと思います。だから、解がある問題をいかに効率的に解ける人材を育てるかというのが教育の主眼になっていたのだと思います。ですが、テクノロジーの進化という話にもつながるのですが、不確実性が増し、自分で問題を定義して自分でその問題を解決する力を求められる時代になってくると、やっぱり武蔵的な、自ら調べ自ら考える教育というのはすごく大事だと思います。武蔵で受けた教育は、確実にいまの仕事につながっていて、ベンチャーという不確実性のかたまり、まだ誰も通ったことのない未踏の荒野を開拓していくような事業を支援していく上で確実に生きています。
一方で、社会のメインストリームはまだ大企業という昭和の高度成長期的な価値観も残っていると思います。

梶取:いま現在もですか。

高宮:はい。今後も一定程度は残っていくと思います。就職ランキングを見ても、上位には相変わらず大手銀行や商社、メーカーが入っています。一歩引いて見ると、本来はその路線で行って「自分」が幸せなのかというのを考えなくてはいけないのですが、余り何も考えずに無自覚でいると世の中の一般論の価値観のレールに乗ってしまい、自動的にそっちに行ってしまいます。不可確実性が大きく、社会全体が右肩上がりとは限らない時代になると、自分ならではの幸せ、自分が人生で成し遂げたいことは何だろうというのをゼロベースで考えることこそが大切になってくると思っています。

梶取:いまの子どもたちとその保護者は、まだ、安定した会社なり職業への意識は強いと思いますか。

高宮:強いと思いますね。

梶取:実際には、終身雇用は崩壊していますよね。

高宮:はい、崩壊しています。

梶取:当然ベンチャーもそうですが、いわゆる大企業に勤めている人たちにしても、このままじゃ危ないという意識はあると思うのですが。
高宮:間違いなくありますね。僕たちの世代が端境期でしょうか。ベンチャーの世界でナナロク世代(76年生まれ)と言われるのですが、大学時代にインターネットやインターネットベンチャーの勃興を経験した世代で、就職氷河期の世代なんです。その氷河期を乗り越えて大企業に入ったとしても、日産がルノーに買われる、ソニーが絶不調、晴天の霹靂でカネボウ、オリンパス、東芝で会社が吹っ飛ぶレベルの不祥事が発覚する、という世代です。一方で、ちょうどその頃、インターネットという技術によって新しいフロンティアが開拓されて、なにか面白いこともできるし、新しい産業も生まれてくるチャンスがあるというので、リスクテイカーはそちらに行きました。当時のベンチャーが、いまや大企業に育ち、サイバーエージェント、グリー、ミクシーなど、時価総額数千億円の企業になっています。そして、そこから更に新しいベンチャーが生まれるというエコシステムが出来はじめています。僕たち以降の世代は、大企業に入れば終身雇用で一生安泰という神話が崩壊したことがわかっていて、誰にとっても万能の正解のレールなどなく、だったらゼロベースで自分がやりたいことをやろうというメンタリティがすごく強くなっていますね。

校長対談第8回(前編)03

▶「ゼロベースで考える力」がないと、仕事がなくなる時代に入ります。
梶取:実際には終わっているのに、それまでの残像を引きずったままの層も一定数存在しているということですね。教育においても、いまのままではいけないという声が大きい昨今ですが、もっと早く変わらないといけなかったと思います。

高宮:ゆでガエルのような状態ですね。

梶取:おっしゃるようにもう煮詰まっている。これ以上遅れると、とんでもないことになってしまいますね。

高宮:そうですね。AIが出てくると、ますます機械的な仕事や手足仕事がなくなって、ゼロベースで考えることや問題設定をするところが人の仕事になっていきます。ゼロベースで考える力がないと、本当に仕事がなくなる時代になってしまいます。

梶取:よく受験生や保護者には、いちばん必要な力は自分で考える力です、とお話します。試験が出来ると頭が良いと思っている人が多いですね。

高宮:能率の良さとはまた別物ですよね。

梶取:試験ができる=頭の良さではないということは、受験生にも保護者にもわかってほしい。

高宮:能率の良さでは機械には敵いません。AIが領土を拡大していきますから、人がやるべきところは、本当に「考えるところ」になっていきます。能率の良い最適なHow(方法)はWhat(目的)によって決まってくるので、正しいWhatが見えないと出てきません。そのWhatを見つけるところとは、問題を定義するところから始まり、そこに自分はどうしたいのかという意志が加わってはじめてWhatになると思っています。だから、教えるのではなくて、背中を押す、手伝う、見つけ方を後押しするくらいの感じなのではないでしょうか。教育はずぶの素人なのですが、「世の中のこんな問題を解決したい!世の中をこう良くしたい!」という起業家の意志を核にしたベンチャーを支援していると、また子どもの親としては、そう思っています。
それが正しいのか分かりませんし、迷いながらなのですが、息子(小3)は、本当に生き物が好きなので、生き物のことはわりとなんでも好きにやらせて、その中から情熱をもって取り組める領域を見つけてくれたらいいなと思っています。そして、それをとことん深掘りしてほしいなと思っています。息子は、特に魚が好きで、マニアックな話なのですが、競技金魚すくいの全国大会(小中学生の部)で10位でした。今後興味が変わっても深堀りする基本動作が身についてくれたらいいなと思っています。

校長対談第8回(前編)04

梶取:それは、素晴らしいですね。

高宮:好きなことがあるのなら、とことんやらせてみて、その中で本当に好きなことを見つけ、それが社会的な要請とマッチすると対価をもらえる職業にすることができるということだと思っています。お金のために自分の時間を切り売りすることなく、自分の好きなことを仕事にできたら幸せなんだろうなと思います。まあ、金魚すくいは絶対に職業にはならないでしょうけれど(笑)。その点、かつての武蔵の授業は、学習指導要領を超えて、特定の領域を徹底的に深掘っていく授業で、必ずしも答えを教えるという授業ではなかったので、考える癖、深掘る癖、やりきる癖みたいなものは、いまにすごく生きていると感じます。不確実性の高い答えのない時代だからこそ、そういう教育を受けさせていただいた有難さを感じます。

梶取:先ほど少しお話しいただきましたが、高宮さんの場合、「Whatを見つける」下地が小学校や中学校でできていたのではないかと思うのですが、どうでしょう。イギリスあるいはオランダで受けた教育と、帰ってきて感じる日本の教育と違うところはありましたか。

高宮:ありました。例えば、問題を黒板に書いて、「わかる人は手をあげて」ではなくて、「これについてどう思いますか」という、正解のないディベートみたいな形式がすごく多かったです。問題設定をした後、Whatを打ち出す時に必要な意志を、自分の中で言語化し、周りに伝える訓練に力点をおいていた気がします。

梶取:ディベートは、小学校1年生からやっていたのですか。

高宮:小1の時は余り記憶がないのですが、小5の2回目に行ったときにはやっていましたね。化学の授業ですと、生徒各々が実験をし、子どもの実験なので場合によっては違う結果も出てしまう、それでもどうして違う結果になったのか意見を述べ合ったり、自由研究では環境問題についてどう思うかというようなすごいざっくりとしたお題が投げられて、具体的に何について研究するかを各自が問題設定して、それを発展させた上で質疑応答したりするという授業でした。日本の教育と比べるとドリル的な反復学習のウェイトは、少なかったですね。

梶取:いまでいうアクティブラーニングですね。私は、グループでワイワイとやることがアクティブだという風潮には疑問を感じています。

高宮:確かにそうですね。

梶取:黒板を背にした古典的な授業スタイルでも、十分アクティブになります。いまは、アクティブラーニングという言葉に踊らされています。先生が仕掛けを作るのだけれども、「先生、それはおかしいんじゃないですか」と生徒が言ってはじめてアクティブになるのだと思います。

高宮:その通りですね。

校長対談第8回(前編)05

梶取:「お前、黙ってろ」となるとアクティブではありません。ベンチャー企業ではないかもしれないけれど、普通の会社では、上司が言ったことに、部下が「それ、違いますよ」と言えない。すると、その考え方そのものが変わらないと、アクティブになりようがありません。大学入試制度をどのように変えても、我々大人の感覚が「お前、黙ってろ」ではだめですね。
▶社会共通の「幸せの指標」は、もうありません。
高宮:そうですね。あとは、価値観があると思います。昭和の時代は、高度成長でみんなが経済的に豊かになるのが正しい、テレビ、洗濯機、冷蔵庫を持っているといった経済的な豊かさが幸せの指標という価値観だったと思います。一方、これからの日本をマクロで見ると、あのような成長は残念ながらもうないと思います。むしろ経済的には親世代よりも下がってしまうということが多くなってしまうかもしれません。では何を幸せの指標に変えるのかとなってくると、自分の幸せのWhatの定義を自分で設定するしかないと思います。経済的には貧乏だけれど、田舎に暮らして動物の世話をしていればそれが楽しいと自分が決めたら、それで幸せだと思うんです。逆に、経済的な指標や一般の相対指標に乗っかってしまうと、常に上には上が出てくるから、永遠に幸せだとは実感できません。

梶取:そうですね。結局、子どもたちも試験の点数で輪切りにされて、誰かに何点勝ったか負けたかということだと、いつも追い詰められているわけですね。

高宮:そうだと思います。

梶取:やはり、自分なりの尺度があって、こういうことが好きだというものがあって、それがだんだん自分の仕事に結びつくのがいいですね。

高宮:はい。武蔵全体に漂っていた空気感として、世の中的には奇人変人と見られても、自分の好きなことを徹底的に突き詰めていいんだという雰囲気がすごくありました。先生たち自らが、そのロールモデルになっていた感じがありました。
▶深堀りした先の底に溜まっているコクが面白い。
梶取:武蔵を受験するときには、武蔵をいろいろと調べてから受けたのですか。

高宮:そこまでは深く知りませんでした。詰め込み型の受験校だと合わないと親が思って、ある程度自由があって、管理型じゃない学校を選びました。あとは入試の問題です。それこそ知識型の試験だと日本の教育を受けていなかったので、ダメだったと思います。

梶取:入ってみて期待通りでしたか。

高宮:期待通りでした。

梶取:周りに、いっぱい奇人変人がいて。

高宮:いっぱいいましたね。先生にしても、友達にしても、何かを深掘りしている人が多くて。深掘りした先の底に溜まっているコクみたいなところがすごい面白いじゃないですか。そういう仲間が周りにいっぱいいて、こういうのでいいんだという空気感が良かったです。東大に入って官僚にならないといけないというような変なプレッシャーもなかったですし。すごい、なんというか、、、自由でした。

梶取:高宮さんを含めて、ほとんどが東大。早稲田、慶応は受かって当たり前の時代でしたね。

高宮:そうでしたね。

梶取:どうしてみんな東大に行きたいと思っていたのですか。みんなが官僚になりたいわけでもないし。

高宮:どうなんでしょう。僕自身は、当時は、父親がまさに高度成長期の企業戦士で、辞令ひとつで転勤で飛び回るのを見ながら育ったこともあり、自分で自分の命運を握るプロフェッショナルな仕事に就きたいとは思っていました。当時、少し考えていたのは国際弁護士でした。なので、東大に入れれば、オプションの幅も広がるかなというのはありました。

梶取:将来像があって東大ではなく、東大に行けばなんとかなるという感じでしたか。

高宮:はい、東大にいけば漠然としか考えていなかった職業に近道だし、選択肢は広がるなと思っていました。そして、周りも何となく東大に行くんだろうなという空気感はありました。なので、「気合と根性で絶対東大に行くんだ!」という変な力みもありませんでした。

梶取:どの先生がいちばん印象に残っていますか。

高宮:歴史の岡先生ですね。一学期の全授業をかけて、日清戦争の終わりの両班について、えんえんと語り続ける。内容そのものは受験の範囲を完全に超えているし、高校生に全て理解できるレベルの話でなく、おそらく研究者レベルの話だったと思います。しかし、何よりも学問を突き詰めていったときの深み、その深みの面白さみたいなものを教えていただきました。

梶取:岡先生は、在任中に亡くなられましたが、葬儀に1,000人もの卒業生・在校生が集まりました。素晴らしい先生でした。受験テクニックを教えることでなく、学ぶとはどういくことかを世界史の授業を通して教えていました。多分、大学受験には直接役にたたなかったと思いますが、授業の中味が濃かったのだと思います。卒業生からそのような感想をいくつも聞いています。それだけインパクトがありましたね。

高宮:受験指導はゼロでしたね(笑)。

梶取:これ、強調してもいいのかな(笑)。

高宮:そこが武蔵らしくて、小手先のテクニックは一切教えないけれど、本質的な、考える力みたいなところを教えていただきました。生徒も先生に、受験の授業だけは止めてくれ。武蔵にしかできない授業、先生しかできない授業をやってくれという雰囲気でした。
▶グローバルとは、国と国の橋渡しをすること。
梶取:グローバルについて伺いたいのですが。いま、グローバルを掲げない大学はありません。中学高校でも同様です。高宮さんは、グローバルについてどのように考えていますか。

高宮:そうですね。まず、武蔵が掲げている建学の理念である『三理想』が、この歳になるとすごく深いなとわかってきました。グローバルと言わずに東西文化融合と言っています。

梶取:そうですね。

高宮:ハーバードのMBAが終わったとき、アメリカで就職活動したり、インターンで働いたりしたのですが、その時にふと、「あれ、アメリカで現地の会社で働くのって、グローバルなんだっけ、単に海外でローカルに働いているだけじゃないか?」と疑問に感じました。そこから、グローバルとはなんだろうと考えはじめ、どこかの国とどこかの国の橋渡しをすることだということに気づきました。

梶取:なるほど。
高宮:では、橋渡しをする時に、どちらの国に軸足を置くかというと、自分のよりバックグラウンドが強い方、文化的な理解、社会的に根差している方の国を軸足にしながら、その国のものを他の国に橋渡しをしていくことがグローバルだと思うようになりました。グローバルはいいことだ、完全に世界はフラットになっていくと、思考停止で思いがちですが、実は世の中はフラットになりきるほどフラットではありません。むしろ、しっかり自分の文化的な背景を持ちながら、いろんな国の背景がある人たちが集まったところで、しっかりとその国を代表できる、良さを伝えられる、貢献できるというのが大事だと思います。

校長対談第8回(前編)06

梶取:しっかりとルーツを持つことが、本当に大事ですね。

高宮:あとは、水は高きから低きに流れるように、グローバル化は一方向でしか進まないように思ってしまいますけれど、すごくマクロでみるとサイクルがあるという話を、ハーバードの10周年リユニオン(ホームカミングディ)に行ったときに教授がレクチャーしていました。第一次世界大戦まではグローバル化を謳歌し、交易が進み世界経済が繁栄していたのですが、第一次世界大戦でブロック経済化して各国が閉じていくという時代を迎えました。第二次世界大戦以降はまたグローバル化を謳歌していましたが、現在はトランプ現象など各国で極左極右が台頭している中で、いま一度国境が閉じ始め、もしかするとグローバル化が逆回しになってしまう時代が来るかもしれないという話でした。

梶取:おっしゃるとおりです。

高宮:この教授の説が正しいか、正しくないかはわかりませんが、世の中でいかにも真理らしく言われていることに対して、疑いというか違う視点から複眼的に見ていく力が必要ではないでしょうか。自分がどちらのシナリオを信じるかどうかは別として、違うシナリオがあるということを認識する力が必要だと思います。

梶取:情報のフラット化は避けようがないと思いますが、文化までフラット化してよいのかと思っています。音楽の例をひとつ挙げると、オーケストラの音色は、以前は国によって全く違っていました。それがいまは均質化してきて、つまらなくなってきました。

高宮:デジタルコンテンツの世界でも、ハリウッド大作的に世界に行きやすいジャンルと、その国ローカルで受けるジャンルがあります。例えば、日本では、キャラクターはデフォルメされた可愛いキャラクターが好まれ、ゲームは戦略シミュレーションやRPGなど、深いゲームが受けます。一方、アメリカでは、キャラクターはマーベルのようなリアルでかっこいいキャラクターの方が受けるし、ゲームは自分が3Dのフィールド上でキャラクターになりきる戦争ゲームなど自分が一人称になってやるシミュレーションゲームなどが流行ります。
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