校長散歩

2024.12.02

  • #武蔵の風景

700 武蔵の文化財10 -錬心館跡の碑-

高中キャンパスから濯川を渡った根津化学研究所の前に「錬心舘跡の碑」があります。これは、かつて錬心館と呼ばれた剣道場を偲び、昭和51年(1976年)に建てられた碑です。
この碑を見ると、錬心舘は昭和2年(1927年)6月に創建し、昭和20年(1945年)4月13日の空襲で焼失したと記されています。
戦前、錬心舘で鍛えた剣道部は、旧制高校全国大会優勝などの輝かしい成績を収めました。一方で、4月13日の空襲で、錬心舘は全焼しました。他にもこの空襲で、当時学生寮であった慎独寮や弓道場、木工金工室、不退堂なども含め、約800坪が焼失しました。校舎は難を免れましたが、屋上で炎をあげていたそうです。そうした中、当時の剣道部員は慎独寮や剣道場が全焼したことに、「自然と涙がこぼれ落ちた。日頃からお世話になっていた剣道着も竹刀も何もない。ただ面がねのみが虚しく散らばっていた。これらを数名の部員と共に拾い上げた哀しい思い出がある。後日、先輩から優勝旗(旧制高校全国大会)のことを聞かされたが、当日は残念ながら発見できなかった。これはわれわれにとっては痛恨の思い出である」と回想しています。石碑はかつて錬心舘があった大学7号館付近に建碑されましたが、学園の発展に伴い現在の場所に移設されました。
「錬心舘跡の碑」は、往時の武蔵生の活躍と戦火の痛ましさを、ひっそりと伝え続けています。
※校長散歩もおかげで700号の節目を迎えました。こうして続いているのは読者の皆さんからの温かい励ましのおかげです。今後も次の節目を目指して、武蔵の魅力を発信し続けることができたらと考えています。有難うございました。